探球会 至福のゴルフ旅行 宮崎県

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 探球会第3回目の至福のゴルフ旅行が催行されました。ここに至るまで第2回探球会京都の旅行が新型コロナ緊急事態宣言で中止となり今回の第3回が催行されるまで紆余曲折がありました。今回は参加者全員がワクチン接種を完了しており、旅行の同意を貰いました。しかし今回は実施段階において試練が待っておりました。それは第5波デルタ株到来による緊急事態宣言とその延長(大阪と兵庫)や蔓延防止等重点措置(宮崎)の施行下に加え、超猛烈迷走台風14号の日和見進路の強烈なアゲインストに見舞われました。しかしながら参加人員の堅固な意思と今回の遠征への熱意は台風を上海沖に封じ込める位あったと思います。私的にはコロナ統制下から新型コロナ後に向けての新しい国内旅行企画を挑戦するビジネス的意義が試され、それには事細かな実施計画と催行段階での台風14号を見ながらの日程調整と日々変わる旅程管理の完全な遂行と安全な帰宅が絶対条件でございました(私失敗しないのでが絶対条件)。コロナ統制下の障害は山の様に高く猫の目の様に変化します、普段は西日本随一と言われる難コースで鍛えているだけあり、蔓延防止で市中やホテルで全くレストランでアルコールが出ない理不尽さや、2日目大雨の中閃光と雷鳴と避難警報でゴルフ場を逃げ惑う様にしてクラブハウスへ帰ったことはむしろ懐かしく感じます。添乗暦10年の私でさえ、今回は困難度の高いランク10の中に入る旅行でした。しかしながら参加人員各位持ち帰った思い出は、それ以上のものがあったと思います。

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 宮崎までの機材はANAのボンバルディアです、つまりプロペラ機です。私の様に昭和30年代前半生まれだとプロペラ機と聞いた時点でYS-11かフレンドシップを思い出してしまうのですが、機材の進化でこのプロペラ機は早く快適です。ただ機内持込手荷物は小さくないと収納不可能です。デジカメでプロペラに照準を合わすとなぜか止まって見えますが、実際は高速で廻っているのです、これは不思議な現象です。大阪国際空港伊丹から宮崎ブーゲンビリア空港までは75分のフライト時間でした。台風が東シナ海にいるというのに雲の上は快晴でした。

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 宮崎ブーゲンビリア空港から専用車で直接向かったのは宮崎NO.1のゴルフ場、フェニックスCCです。やはり名門コースです、倶楽部ハウスの中には名門の香が漂っておりました。その中で荷物を預けて4人のお客様のプレーの準備をします。お客様をキャディさんに預けるまでお世話をするのですが、垣間見るコースの綺麗なこと。テレビで見るプロゴルファーの写真が看板にあり、あのフェニックスでプレーできる喜びが込み上げてきます。探球会はいつもバックティー若しくはチャンピオンティから打ちますので、打っても打ってもグリーンに届きません。写真は岡村団長(左側)とドローボールの名手溝口さんです(右側)。

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 さてキャディーさんにお任せする時間が来ました。左側が播州東洋でパープレイを記録した湯浅さんです。右側がやる気満々の長距離ヒッターの石井さんです。今回は高千穂コースと住吉コースを廻ります。台風14号が上海沖から済州島方面に向けて動き出しておりましたが、なぜか晴れ間が出て全員カッパを着ておりません。この幸運が最後のホールまで続きました。さて私この後はどうするかですが、本日夜酒を黙って出すお店を捜すミッションが与えられました。まず、ホテル関係タクシー関係を当たりましたが、最も高級なお寿司屋さんが酒を提供しているらしいとの情報があり、調べましたが予算が5万円/人程かかるとの話、聞いた全員が委縮されました。他の西橘通りの1200件の店はほぼ全滅との話でした。そこまで調べてトム・ワトソンGCへ向かい、1SMに挑戦しました。トム・ワトソンと相性が良いのかどうか、なぜか95で廻ってきました。今年はコロナでスコアは100叩きの刑が普通でしたが、ここでこの数字は我ながら驚きました。

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 これがシェラトン・グランデ・オーシャンリゾート南側19Fから撮った全景です。お客様は27階に宿泊、太平洋とフェニックスとトム・ワトソンが眼下に拝める部屋です。台風の怒涛が海岸に押し寄せるのがよくわかります。41階はイタリア料理のレストラン、これは後でご紹介します。写真の左側は温泉(スパ)になっております。ここに何度入ったか。石井さんは9回入られたそうです。私も同じく9回入りました。まさに現代の温泉湯治天国です。

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 これがシェラトンシーガイア19階の私の部屋から見たトム・ワトソンゴルフコースとシェラトンシーガイアの誇る温泉施設「松泉宮」です。地下1000mの深さ、1千万年前の地層から湧き出すお湯は、太古の海の化石成分が溶け出したミネラル豊富な美人の湯。月の名をもつ2つの湯屋(月読と新月)と5つの離れ湯、放送作家の小山薫堂氏が提唱する`湯道'を体現する公認湯室第一号の「おゆのみや」など宮崎の持つ、歴史、芸能、伝統、文化そして神話の要素を取り入れた情緒あふれる空間が広がりますと公式ホームページには書いてあります。やはり温泉です。疲れが取れます。ここからの風景を見てシェラトン・グランデ・オーシャンリゾートはワーケーションに最高だなあと思いました。仕事をして夕方になってトム・ワトソンに明かりが灯り、ナイターゴルフに挑戦できる。レストランは複数選択可能。ゴルフ終了後は23時までなら温泉で休める、温泉にサウナがあり、サウナと水風呂を3-4往復したりしました。

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 シェラトン・グランデ・オーシャンリゾートの42階Ristirante ARCO(リストランテアルコ)での食事風景です。ここにアルコールがあれば最高でしたが、蔓延防止措置戒厳下なので代用品のノンアルコールビールとシャンパンで乾杯しました。イタリア料理のコースは美味しかったです、久しぶりに来たという岡村団長は、今日の料理は美味かったと感想を述べました。この日は2日目の大雨落雷ゴルフの夜でございました。

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 楽しいことばかりではありません。2日目台風が済州島沖を通過して居る頃、宮崎県は外輪雲がかかり大雨洪水警報が発令されておりました、雲が渦を巻いているので線状降水帯ならず渦状降水帯です、1日降り続きました。これがトム・ワトソンGCのスタート前です。それでも大雨の中果敢にコースへ出ました。調子は昨日とあまり変わらずですが、ショットに本調子が出てきた時、天を切り裂く雷鳴が、続いて閃光が止めを刺しました。「こらあかん」と言う中まだショットをするお客様も、その時「ウーという空襲警報ならぬ避難警報」がトム・ワトソン全体に鳴り響きました。慌ててカートに乗り込み雷鳴と閃光の中、クラブハウスへ逃げるカートの列。やっとクラブハウスに辿り着きましたが、まだコースに未練を残すお客様もおられました。べちゃべちゃになった衣服を洗濯乾燥し、温泉松泉宮で休憩、中華料理レストラン藍海で食事をしたのち、雷雲は去りましたがコースには誰も戻れませんでした。今となってはやっぱり戻りたかったという心も残っております。

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 これが最終日の朝食の内容です。1Fの松泉宮横のビッフェで見事なコロナ対策が施されており、朝から沢山頂きました。今日は青島ゴルフ俱楽部で最終日。頑張っていきましょう。特に朝カレーが美味かったです。このクロワッサンいくらでも食べれてしまいますよ。シェラトン・グランデ・オーシャンリゾートの地下には、大型の酒店とお土産店が併設されており、コインランドリーもございます。部屋飲みは可能であったので、活用致しました。

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 青島ゴルフ俱楽部です。名門と言われましたが、現在はリーズナブルです。コースレイアウトについてですが私は嫌いな部類です、グリーンも重く難しい、蹴られるケースが6回、本当に勿体無い気持ちになります。私はトム・ワトソンが懐かしい、お客様はフェニックスでもう一度打ちたかったのかなあと思います。

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 石井さんの独特のパタースタイルです。この力のある球が登りの坂には有効であったように思います。手前の赤い球は私の玉です。ここから1打で上がれないのがアベレージゴルファーの悲しさでしょうか?グリーンの小さな見落とす起伏が気になりましたが、写真ではすごく良いグリーンに見えるのはなぜでしょうか?ここのグリーンは名手湯浅さんでも40パット以上叩く難関グリーンでした、ちなみに私は44(前半24後半20)も叩いてしまいました。

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 宮崎空港3階のすし屋で夕食を頂きました。もちろんビールは代用品のノンアルコールです。生ビールが飲みたいのはこの次に致しましょう。お寿司のネタは当地のものです、南九州独特の甘い醤油の味がなぜか忘れられません。鹿児島と宮崎とでは甘さと味が変わります。日本中寿司を食べましたが、ネタとシャリだけでなく、酢や醤油の違いも地方の美味として存在します。これらを味わうのがまた楽しいのです。

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 一つ早いANA510便に乗れました。機上からシェラトン・グランデ・オーシャンリゾート、フェニックスCCとトム・ワトソンGC、松泉宮温泉が見えます。この次はいつプレーできるか?トム・ワトソン待っておれ、次は80台を記録すると誓いながら、隣の湯浅さんとゴルフ談義をしておりました。全員思い出を作った至福のゴルフ旅行 宮崎の旅でした。全員無事帰還致しました。